動けない夜がある。
何も進んでいない気がして、
明日も同じかもしれないと
胸が重くなる夜。
生きづらさを抱えていると、
「動けない時間」が
そのまま“自分の価値”のように感じてしまうことがある。
今日は、
そんな夜を越えるということについて
少しだけ書いてみようと思う。

動けない夜に起きていること
動けない夜は、
怠けている時間ではない。
不安が強くなったり、
過去の出来事が頭を巡ったり、
将来の心配が止まらなくなったり。
何もしていないようで、
心の中ではたくさんのことが起きています。
生きづらさを抱えている人ほど、
外からは見えないエネルギーを
使い続けています。
だから動けない。
それは壊れている証拠ではなく、
「消耗している」証拠です。
「何も変わらない」ことの怖さ
夜が長く感じるのは、
何も変わらないように思えるから。
回復しているのかも分からない。
前に進んでいるのかも分からない。
でも、回復は音を立てない。
筋肉痛のように
目に見える変化があるわけでもない。
それでも、
体の奥では静かに調整が続いています。
変わらないように見える夜も、
完全に止まっているわけではない。
働けない不安と、価値の混同

動けない夜の背景には、
「このままで大丈夫なのか」という不安がある。
特に、
- 働けない
- 外に出られない
- 人と比べてしまう
そんな状況が続くと、
自分の価値まで減っているように感じてしまう。
でも、
働けることと
生きている価値は
同じではない。
何もできなかった日も、
あなたは減っていないのだから。
夜を越えたという事実
動けなかった。
何も変わらなかった。
希望も持てなかった。
それでも、
朝はやってくる。
あなたは
その夜を越えられた。
これは、小さなことではないのだと思う。
「前に進めたかどうか」ではなく、
「越えたかどうか」。
それだけで十分な日がある。
変わらなくていい
この場所では、
回復を急がなくてもいい。
前向きになることを
求めなくてもいい。
動けない夜があっても、
希望が持てなくても、
それでも
生きていることは消えない。
変わらなくていい。
でも、
ひとりではない。
結び

もし今、
動けない夜の途中にいるなら。
何もできていないように感じているなら。
今日を越えたことだけは、
どうか忘れないでほしい。
それは、
ちゃんと生きているということなのだから。
