親として「弱い」からじゃない。人として、自然なこと。
「ママなんて嫌い」
「うるさい」
「どうせ分かってくれないでしょ」
子どもから投げられた言葉が、
胸の奥に刺さって抜けなくなることが子育てに奮闘中のころ、たびたびあった。
そして、とてもへこんだ思いが続いていた事を思い出した。
頭では分かっている。
感情的になっているだけ。
本心じゃないかもしれない。
成長の過程だということも。
それでも――
傷ついてしまう自分を、止めることはできません。
親なんだから、強くならなきゃ?
多くの親が、無意識にこう思っているのだはないだろうか。
- 親なんだから、受け止めなきゃ
- いちいち傷ついてちゃダメ
- 子どもより大人なんだから
でも、少し立ち止まって考えてみてほしい。
親になる前に、私たちは
一人の人間だった。
感情があって、
大切にされたい気持ちがあって、
否定されれば、痛みを感じる存在なのだ。
それは、親になったからといって
消えるものではないのだと思う。
傷つくのは、愛している証でもある
もし、どうでもいい相手の言葉だったら
ここまで心は揺れないはず。
傷つくということは、
それだけ真剣に向き合っているということ。
大切にしているということ。
だから、
「こんなことで傷つく私は弱い」
と思わなくていい。
それは弱さではなく、人としての自然な反応なのだから。
無理に「分かってあげよう」としなくていい
子どもの言葉を理解しようと、
意味を探そうと、
自分を押し殺していないだろうか?
本当は――
悲しかった
悔しかった
虚しかった
そんな気持ちがあるのに。
まず必要なのは、
自分の気持ちを否定しないこと。
「傷ついたな」
「つらかったな」
それだけでいいのだ。
解決しなくていい。
正解を出さなくていい。
親も、守られていい存在
親は、与える側。
支える側。
耐える側。
そう思われがちですが、
親もまた、守られていい存在です。
誰かに弱音を吐いていい。
泣いていい。
「もう無理」と思っていい。
そうやって心を整えることは、
子どもにとっても、決して悪いことではないのだから。
最後に
子どもの言葉に傷つくあなたは、
ダメな親でも、弱い親でもありません。
ちゃんと心を持っている人だと思う。
どうか、
自分に向ける言葉だけは
少しやさしくしてあげて欲しい。
だって、ここまで本当によく頑張ってきたのだから。
